不動産物件において起きてほしくない事故の1つは、「失火による火災」です。日本では木造建築の住宅が多く、被害が広がりやすいからです。失火によって物件に損害が発生した場合に、誰にどのような責任が発生するのかは非常に重要です。特に、賃貸物件については、法的な責任の関係が複雑になってきます。失火の場合の損害賠償について規定する法律としては、失火責任法があります。ここでは、「失火責任法」と、失火による損害に対する対策法についてご紹介します。

失火責任法とは?知っておきたい基礎知識

失火責任法とは、「失火ノ責任ニ関スル法律」の略称で、失火者の責任に関して規定した法律のことです。

失火による損害賠償は民法709条ではない

故意又は過失によって他人に損害を与えた場合の責任については、民法709条の不法行為の規定によって定められています。民法709条の不法行為では、損害賠償の責任を追う場合について、「故意又は過失」と定められています。故意はわざとで、過失はうっかりという意味です。

過失には、軽過失と重過失の2つが含まれています。軽過失とは、人が通常行うべき注意を欠くことです。重過失とは、僅かでも注意していれば回避できたことを、漠然と見過ごしてしまう状態のことです。注意を著しく欠いた状態が重過失であるといえます。失火責任法の規定を簡潔に表すと、「民法709条の規定は、失火の場合には適用しない。ただし、失火者に重大な過失があったときはこの限りではない」というものです。

失火責任法においては、損害賠償の責任を負う場合は、重過失の場合に限定されています。そのため、失火によって他人に損害を与えても、軽過失の場合は責任を負わないことになります。失火責任法において軽過失が免責されている理由は、日本では木造の家屋が多く火災が広範囲に広がりやすいことから、軽過失の場合に損害賠償の義務を課すと、重すぎる責任を負わせることになるからです。

【出典】民法709条:http://www.houko.com/00/01/M29/089.HTM#s3.5

失火の原因によっては709条で裁かれる事もある

失火責任法が適用されるのは、「失火」の場合に限られますそのため、形式的には失火のようにみえても、実質的には失火が原因といえないような場合には、失火責任法が適用されずに、通常通り709条の不法行為責任(※)が課される場合もあります。

失火と認められない例としては、ガス爆発の場合が考えられます。ガスの消し忘れでガスコンロの火が延焼して火災が発生した場合には、原因は火なので失火といえます。一方、ガス自体が爆発し、その爆風によって周囲に被害を与えた場合には、原因は爆風なので失火にあたらず、失火責任法が適用されない可能性があります。

失火責任法が適用されないもう一つの例としては、ほとんど故意といえるような状況で延焼した場合です。例えば、自分が火災を発生させてしまったことに気付きながら、一切の消火活動を行わずに逃げてしまい、その結果周囲に被害が広がったような場合です。その場合は、火災が発生して危険が広がる可能性に気付きながら放置して逃亡したことが、実質的に放火と同じだと判断される可能性があります。

故意の放火の場合は失火にあたらないので、失火責任法が適用されないことになります。例えば、野球をしていて他人の家の窓ガラスを割ってしまった場合に、その修理代金を弁償する場合などです。

(※)不法行為責任:他人の権利や利益を違法に侵害した場合に、その損害を賠償しなければならない制度です。


失火が原因の火災による消失に関係する法律の事

失火責任法は、軽過失の場合に民法709条の賠償責任を負わないことを規定していますが、民法415条の債務不履行(※)に基づく賠償責任については規定していません。民法415条の債務不履行によって損害賠償責任が生じるケースとしては、自分が賃貸中の物件を火災によって消失や毀損してしまった場合が考えられます。

賃貸物件については、退去時に物件を元の状態に原状回復して引き渡す義務が課されるのが通常です。そのため、自分が賃貸している物件を失火によって消失または毀損してしまった場合には、原状回復の義務(債務)を履行できないことになり、民法409条の賠償責任が課される可能性があります。例えば、マンションの買い主が代金を払わない場合に、売り主が代金の支払いを請求する場合などです。

(※)債務不履行:契約をした相手が契約内容をきちんと実行しない場合に、その責任を追求する制度です。

一般的な失火の原因

失火責任法が規定する「失火」には様々な原因があります。代表的な原因をあらかじめ知っておくと、失火の防止につながります。そのため、一般的な失火の原因を順番に見ていきます。

不始末(寝たばこ)

たばこは火をつけて使用する嗜好品であることから、たばこの火の不始末によって失火の原因となる可能性があります。たばこの火の不始末による失火の例としては、寝タバコをしていた場合、わらなどの燃えやすいものが散乱している場所にタバコの吸殻を捨てた場合、火気厳禁の場所で吸いかけを灰皿に放置した場合、などがあります。

コンロの放置による失火

ガスコンロなどで料理中の失火が生じる例としては、コンロに火をつけたまま寝てしまい、コンロの火が何かに引火した場合、コンロに油の入った鍋をかけたまま長時間放置した場合、などがあります。

放火

故意に火をつける放火の場合は失火にはあたらないため、放火者自身には失火責任法の規定は適用されません。問題は、誰かが自分の家に故意に放火したような場合に、家主がその火元などを重過失によって見逃してしまった場合です。ほんの少しでも注意すればすぐに感知して消化できたような場合には、失火と判断される可能性があります。

放火の疑い(完全に放火だとわかっていない)

完全に故意による放火だとわかっていない場合でも、放火の疑いがある火元を重過失によって見逃してしまった場合には、放火のケースと同様に失火と判断される可能性があります。

たきび

たきびの火が乾燥や強風などによって失火の原因となる場合があります。特に山でのたきびの場合は、火が山の木々全体に燃え広がって山火事になる可能性もあります。

失火責任法における軽過失と重過失について

失火責任法では、軽過失の場合は免責されますが、重過失の場合には賠償責任が課されます。そのため、どのような行為が重過失にあたるのかが重要になってきます。

注意すれば予見や防止ができたのに怠ったための失火の場合

重過失について法律に明確な定義はありませんが、最高裁判所の判決において、重過失の指針が示されています。判例に基づいて重過失を簡潔にまとめると、「わずかな注意さえすれば結果を予見して防止できたはずなのに、それを漫然と見過ごしたような、ほとんど故意に近い、著しく注意を欠如した状態」です。上記にあたるような状態が、重過失による失火に該当します。以下、実際に裁判所の判決において重過失と認定された事例を見ていきます。

冬場に電気ストーブを点けたまま眠って引火して失火の場合

冬場の寒さによって電気コンロを点火したまま就寝したところ、就寝中のベッドから落ちた毛布が電気コンロに垂れ下がり、引火して火災になった事例において、重過失が認定されました。

熱した天ぷら油を忘れて放置したための失火した場合

台所のガスコンロに天ぷら油の入った鍋をかけて、中火程度の火をつけたまま台所を離れたことで、過熱された油に引火して火災が発生した事例において、重過失が認定されました。

上記の原因全てが重過失であるとは限らない

重過失についての注意点としては、火災の原因や状況はケースごとに異なるため、上記と似たようなケースの全てが重過失に認定されるとは限らないことです。「わずかな注意だけで損害を防止できたのに漫然と見過ごしてしまった」かどうかが重要なのであって、天ぷら油から引火したかどうかがポイントではありません。重過失に該当するかどうかは、様々な状況を個別具体的に考慮したうえで、最終的に裁判所が判断することになります。

賃借時において火災保険が必要になる理由

失火責任法は、失火を生じさせても軽過失の場合は損害賠償責任を負わないことを定めたものです。それによって、賃借時には火災保険に加入することが非常に重要になってきます。以下、詳しく見ていきます。

失火による火災の原因によっては損害賠償責任を問えない事があるから

他人の失火が原因で借りている物件が延焼した場合、家財が消失してしまっても、相手が軽過失の場合は免責されるため、相手に損害賠償を請求することができません。そのため、自分の財産を守るという観点からは、物件を借りる際に、自身の所有する家具などの損害を補償してくれる、家財保険を内容とする火災保険に加入しておくことが重要です。

損害賠償の責任の決定が相手に有利になる可能性もあるから

仮に相手が重過失などで損害賠償責任が認められたとしても、裁判によって認められた損害賠償の範囲が、被害全体と比較すると十分でない場合もあります。その場合は、裁判によって責任の範囲が確定することは、逆に相手にとって有利になることもあります。それを防止するためにも、家財保険は重要な対策になります。

物件が消失した場合には失火責任法が不履行になる可能性があるから

他人の失火によって自分が借りている物件自体が消失してしまった場合、家財だけでなく、生活のための住居も無くなってしまいます。生活のためには新しい住居を探す必要がありますが、新しい住居の入居費用や、住居を見つけるまでの臨時のホテル代など、まとまった費用がかかります。軽過失の場合は、失火を生じさせた相手に対して損害賠償を請求することができないため、そうした費用も自腹で負担しなければなりません。自身で火災保険に加入しておけば、保険金によってそうした費用を賄う助けにすることができます。

賃借物件の債務不履行責任を回避するための手段について

自分が借りている物件において失火を生じさせてしまった場合は、大家への債務不履行など、損害賠償の責任を課される可能性が高くなります。それを回避するための手段として、火災保険を活用することが重要です。

失火によって家屋の消失があった時に賃借契約が守れないのが不履行

自分の失火によって借りている家屋が消失してしまった場合、軽過失の場合は、失火責任法によって民法709条の損害賠償責任は課されませんもっとも、賃貸借契約においては明渡し時に物件を原状回復して家主に引き渡す義務があるのが一般的です。

失火によって建物が消失した場合は、原状回復義務を果たすことができません。これは、民法409条の債務不履行にあたるため、借主は家主に対して損害賠償責任を負うことになります。そして、失火責任法では軽過失の場合は免責されますが、民法409条の債務不履行の場合は、軽過失の場合にも免責されません。そのため、借主にとっては、万が一の失火に備えて火災保険に加入しておくことが重要になってきます。

火災保険に借家人賠償責任保険の特約を付けて回避する

家主に対する損害賠償責任を回避するには、火災保険において借家人賠償責任保険の特約を付ける方法が有効です。火災、爆発、漏水などによって、賃借している物件に損害を与えてしまった場合に、賠償責任の費用を補償する特約です。

火災保険の個人賠償責任保険の特約を付けて回避する

借りている物件で失火を発生させてしまった場合、アパートの隣室や近隣の家屋などにも延焼で損害を与えてしまうケースもあります。重過失の場合は失火責任法で保護されないため、それらについても損害賠償責任を負うことになります。これを回避するためには、火災保険において個人賠償責任保険の特約を付けておくのが有効です。個人賠償責任保険は、火災や水漏れによって隣家や階下の部屋に損害を与えてしまった場合に、補償金が支払われる特約です。

失火責任法のまとめ

失火責任法は、失火によって他人に損害を与えても、軽過失の場合は損害賠償の責任を負わないことを定めた法律です。失火責任法の存在によって、賃貸物件においては火災保険に加入することが非常に重要になってきます。火災保険に加入する際には、家財保険、借家人賠償責任保険、個人賠償責任保険、の3セットで加入するのが有効です。

家財保険は失火の際の借主の家財を補償し、借家人賠償責任保険は家主に対する債務、不履行責任を補償します。個人賠償責任保険は、重過失の失火によって他人に損害を与えた場合の賠償責任を補償するものです。3セットで火災保険に加入しておけば、失火における様々なケースに対処できるようになります。

監修者:宮里恵(ファイナンシャルプランナー)